274.「新しい資本主義」論考

今回は岸田内閣の目玉政策である「新しい資本主義」について考えてみます。
1989年の東西冷戦の終焉は同時に軍事産業の斜陽のはじまりでした。
軍事用の分散型情報伝達システム(後のインターネット)が軍民転換されました。
民間利用となったインターネットは、デジタル社会を進展させ、
今やデジタル資本主義(DX)を生み、GAFAMに代表される巨大なデジタル企業が誕生しました。
また、優秀な理数系の学生たちの就職先は、軍事産業から金融界にシフトしました。
それによって金融技術革命が起き、金融工学を駆使した金融資本主義が誕生しました。
金融資本主義とデジタル資本主義がこの世界にもたらしたものは、
地球環境破壊と不可逆性の経済格差でした。
そして、資本主義の暴走を止めなければならないという危機感は
世界中の有識者の共通項になりました。
『資本論』ブームも資本主義のアンチテーゼなのでしょう。
そうした背景から岸田内閣の「新しい資本主義」も打ち出されるようになったのだと思います。

今、世界には資本主義に関する両極の考え方が生まれています。
減速主義と加速主義です。
前者は、スローライフに象徴される世界観です。
スローフード、エコでオーガニックな田舎暮らしや、
地域アート・地産地消などに代表されるローカリズム運動などです。
欲望の資本主義を捨てる(卒業?)ことです。
後者は、真逆の考え方で、
テクノロジーの諸手段を介して資本主義の「プロセスを加速せよ」と主張します。
シンギュラリティ(技術的特異点)をいち早く迎えて新天地を目指そうとする考え方です。
その加速主義者の代表格は、PayPal創業者のピーター・ティールでしょう。
映画「マトリックス」のバーチャルリアリティの世界に人々を誘うとしているのかも知れません。
いずれにせよ、次なる資本主義は前者でも後者でもなく、
その中庸にあるのだと思います。

では、日本の「新しい資本主義」に話を戻しましょう。
新しい資本主義は「成長」と「分配」が二つの柱です。
経済成長を重視した「新自由主義」的路線からの脱却であり、
「成長と分配の好循環」で中間層の所得を引き上げるという
「令和版所得倍増」計画とも表現されています。

「新しい資本主義」は渋沢栄一氏の『論語と算盤』の思想を基盤にしているようです。
また、「デジタル田園都市国家構想」は大平正芳 元首相の「田園都市構想」を
「令和版所得倍増」は池田勇人 元首相の「所得倍層計画」を
それぞれ現代版に進化させたもののようです。
中間層への配慮に関しては
米国・バイデン政権でも「中間層の復権」が掲げられ、
中国・習政権でも「共同富裕」のスローガンのもと格差是正が謳われています。
今や各国共通の課題であり、世界的潮流となっています。

そもそも、成長と分配というアクセルとブレーキに例えられる対立項を以て
好循環を促していくのですから、
難産であることは間違いないでしょう。
矛盾する二項をどうやって市場という生き物に盛り込むのかが鍵となるでしょう。
新しい資本主義実現会議での議論と識者たちの実践に期待しています。
珍しく女性メンバーが多数選出されていることにも希望を感じています。

今後の資本主義社会の価値観は
「株主価値の最大化」から「すべてのステークホルダー(利害関係者)重視」へ
移行していくべきでしょう。
この場合のステークホルダーは(大袈裟かもしれませんが)、
全人類であり、全ての生物であり、地球そのものも含まれるべきでしょう。
そうでなければ地球環境問題は解決できません。

ここで、経済学における外部性の話をしておきます。

外部性とは、売り手でも買い手でもない第3者に及ぶ市場取引の影響を指し、
・ポジティブな影響を「外部経済(正の外部性)」
・ネガティブな影響を「外部不経済(負の外部性)」

と呼びます。
市場の外にまで及んだ市場取引の影響と考えても良いでしょう。

環境問題は外部不経済の代表格で、
「新しい資本主義」にどう盛り込めるか(内部化)が鍵となるでしょう。
この外部不経済を内部化することが出来なければ
「新しい資本主義」とはいえないと思います。

それはそれとして、私が「新しい資本主義」に最も期待しているのは
ポジティブな影響である「外部経済」の内部化です。

ここで、外部経済(正の外部性)についても解説しておかなければならないでしょう。
その代表例は養蜂家と果樹園農家の関係です。
蜂蜜を作る養蜂家と果物を作る果樹園農家が隣同士に位置していたとします。
ミツバチは植物(果樹)の受粉を行うため、果樹園農家はより多くの果樹を生産できます。
養蜂家が果樹園農家を手助けするつもりがあった訳ではなく、
果樹園農家がミツバチを直接働かせている訳でもないため、
これは正の外部性が働いたということになります。

このような外部経済(正の外部性)を
医療プロボノと地域住民の健康度やウェルビーイングの間にも
実現できるのではないかと考えています。
医療プロボノを社会に実装していくにはそれなりの資金が必要な訳ですが、
今の市場経済の中にそれを簡単に見出すことが出来ません。
「新しい資本主義」によって「外部経済」の内部化が可能になれば、
自ずとマネタイズも可能になり、さらに医療プロボノが盛んになって、
地域住民の健康度やウェルビーイングも向上するはずです。

この辺りに関して、誰か私に良き智恵を授けてください。
現時点では、クラウドファンディングは一つの解なのではないかと思っています。
また、今の金融市場経済にギフト経済圏を紛れ込ませていくのも一策と考えています。
何としても医療プロボノを社会実装したいので、
何卒、よろしくお願い致します。

長々と書きましたが、結局、これが言いたかったのです…。

(2022年2月16日)

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