244. ジブラン『預言者』書評

作者はレバノン出身の詩人、画家、彫刻家のカリール・ジブランです。
「20世紀のウィリアム・ブレイク」とも称される彼の無垢で気高い精神によって、
深い叡智が紡ぎ出されています。
彼の代表作である本書には、宗教や哲学の枠を超える荘厳な世界が展開されています。

Khalil Gibran(1883-1931)

 Khalil Gibran(1883-1931)

1923年に英語で出版されると、たちまちベストセラーとなり、
30数か国語に翻訳され、今も世界中で愛読される不朽の名作となっています。
実は、15歳のときに本書の草稿を書き上げていたそうです。
その早熟さに驚かされます。
以前紹介した、13歳で『啓発録』を書した橋本佐内も然りです。

いくつかの翻訳があるようです。
私としては、船井幸雄訳(意外にも船井総研のファウンダーが翻訳!)よりも、
ポケット版 佐久間 彪訳(至光社)をお薦めします。
珠玉の文章にふさわしい、非常に丁寧な装丁です。
読み返すたびに愛着が湧くことでしょう。
紙媒体の本の良さが実感できるはずです。

日本では有名ではないかもしれませんが、
上皇后美智子様が皇太子妃時代、
レバノン大統領から贈られた本書を愛読されたことで、
知る人ぞ知る書となりました。
名著というものは時代を超えて語り継がれなければならず、
私も心して紹介したいと思います。
翻訳者もあとがきで良書を日本語の良書にする責任の重さを吐露しています。
(その気持ち、分かる~!)

さて、本の紹介です。
主人公のアルムスタファは宣教師なのか、ある島に12年前に赴任します。
故郷の島に連れ帰ってくれる船の到来を日々、待ち焦がれています。

ある日、待ちに待ったその船が港に着きます。
そのとき、アルムスタファは考えが一変し、
「この町から、傷跡を残さずに出ては行けない。」と思うのです。
当然、町の人々は彼に残るよう懇願しますが、
彼の一番の理解者、アルミトラ(巫女?)は最後の教え(真理)を条件に
彼を故郷に送り出します。
アルミトラの質問によって、アルムスタファの口から真理が次々と語られていくという設定です。
日々の生活に根ざした26の項目について、深い叡智、真理が
壮麗な言葉となって明らかにされていきます。

• 愛の望みはただひとつ。愛自身を満たすことです。
• (夫婦について)一緒に立っていなさい。しかし、近づき過ぎないように。なぜなら、神殿の柱はそれぞれ離れて立ち、樫の木と杉の木は、おたがいの陰には育たないのですから。
• 労働をして生きることを愛する、それは生命のもっとも深い神秘にふれること。
• 愛をもって労働するとき、あなたは自分をつなぎとめる。自分自身に、ひとに、そして神に。
• 悲しみがあなたの存在をえぐれば、えぐられたところにそれだけ喜びをたくわえることが出来ます。
• 着物が隠すのは醜さよりも美しさ。
• あなたがたは道です。そしてまた道行く者です。
• もしひとりが倒れれば、それは、後から来る者たちのためなのです。つまずかせる石にありかを告げ知らせていますから。
• 苦しみの多くは自ら選んだもの。
• それは、あなたがた自身のなかの、うちなる薬師が、病んでいる自分を癒そうとして盛った苦い苦い一服。
• 言ってはなりません。「私は真理を見つけた」と。言うならば、「私は真理のひとつを見つけた」と。
• 言ってはなりません。「私は魂の道を見つけた」と。言うならば、「私の道を歩む魂に出会った」と。
• 時間を生かすための友をこそ常に求めなさい。
• 多くを語るとき、思考は半ば殺されたも同じ。
• あなたは無数の道で善。そしてそこで善でないときにも悪なのではない
• 美は生命。被いをとって、聖なる素顔を見せた生命。

こうして、数多の真理を語ったあとにアルムスタファはつぶやきます。
「語ったのは果たして、私だったのでしょうか。
 私もまた聞き手ではなかったでしょうか。」

期せずして、島の人々に真理の言葉を遺すことが出来て、
アルムスタファは思い残すことなく島を去ることが出来ました。

ぜひ、直接、本を手にとって味わってください。

本書をもとにつくられたアニメ映画『預言者』もあります。
有料ですがアマゾンで観れます。

神谷美恵子さんによる『ハリール・ジブラーンの詩』も余力のある人はどうぞ。

私としては、上記より『預言者』そのものを繰り返し読まれることをお勧めします。

最後に、ジブランについて少しだけ触れさせてください。
彼は詩作のみならず、たくさんの絵画も遺しています。
フランス時代は3年間、ロダンに師事しています。
アートを自然体で表現できる人だったのだと思います。
ただ、その生き生きとした魂のエネルギーとは反対に
彼の身体はそれに耐え切れず、病弱だったようです。
48歳で亡くなっています。

生涯独身でした。
ただ、心を通わせた同じレバノン出身の作家がいました。
メイ・ジアデです。

May Ziadeh(1886-1941)

May Ziadeh(1886-1941)

アメリカとエジプトという距離があったとはいえ、
二人は文通のみで一度も会うことはありませんでした。
ジブランの死後、ジアデは心労から鬱病を患い、入院生活を余儀なくされました。

ソウル・メイトというものの存在自体を
純粋無垢な形で証明しているのかもしれません。
彼の文体がそうであるように…。

(2021年4月28日)

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