撮影:百瀬 恒彦

百夜百人Story01

〝どこでもジム〟でフレイルを予防する

ウィズコロナの時代と言われて、外来で診察をしていると患者さんの変化を感じることが多くなりました。1つにはフレイル※になりかかっている方が増えたこと、もう1つには認知機能が少し落ちて認知症の前段階に入らなければと心配する方が増えたことです。ウィズコロナの戦いは半年や1年という期間で、状況が良くなったり、悪くなったりを繰り返して、長くなることを覚悟しなければなりません。わたしがいま、強く懸念しているのはフレイルになる方が急増してしまうのではないかということです。

※フレイル:英語の「Frailty(虚弱、老衰、脆弱)」が語源で、「加齢により心身が老い衰えた状態」を言います。高齢者のフレイルは生活の質の低下やさまざまな病気の合併症の要因となります。フレイルの兆候に早く気づいて適切な対策や予防をすることで、元の健康な状態に戻ったり、発症を遅らせたりすることができます。

最近のデータから65歳以上の要介護者で介護サービスが必要となった主な原因を見てみると、第1位は認知症、第2位は脳卒中です。一方、3位以下を見てみると、第3位が高齢による衰弱、第4位が転倒・骨折、第5位が関節疾患となります。大切なのは第3位以下の要因にいずれもフレイルが関係していると考えられることです。第3位から第5位までを合わせると36.5%となり、第1位と第2位を合わせた33.8%を超えてしまいます。第1位の認知症と第2位の脳卒中という単体で比較するとフレイルのリスクは倍以上となります。ウィズコロナの時代で留意しなければならないのはフレイルをどう予防するかということです。

厚労省「令和元年版高齢社会白書(全体版)」
厚労省「令和元年版高齢社会白書(全体版)」 図1-2-2-10 より引用
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2019/zenbun/pdf/1s2s_02_01.pdf

では、どうすれば良いのでしょうか。わたしは〝どこでもジム〟という考え方をみなさんにすすめています。通勤で駅に行ったり、買い物で出かけたりするときに、速歩きと遅歩きを3分間ずつ交互に行う〝速遅歩き〟でその場をジムにしてしまいます。テレビを見たり歯磨きをしたりという生活のちょっとした時間に鎌田式スクワットをしたり鎌田式かかと落としをしたりします。デスクワークをしている人であれば意識して1時間に1回はトイレ休憩をします。日本人は長時間座り続けることが習慣となっています。椅子から立ち上がりトイレまで歩くことで身体はほぐれ、リフレッシュします。健康にも良いし、仕事の効率も上がります。わたしの知り合いの会社の社長は本社ビルを建てるときに、事務職のみなさんが毎日一度は最上階まで階段で上がってくるような仕組みと、トイレの場所を意図的に遠くするように設計したそうです。不便さが従業員の健康度と生産性の向上に結びつくと考えたからです。ちょっとした工夫と〝ながら〟意識を持つことで、わたしたちは健康を維持する行動変容を起こすことができます。みなさんもそれぞれにあった〝どこでもジム〟を工夫してはいかがでしょうか。

この半年から1年に「なにをしたか」が数年先にあらわれる

もう1つは認知機能です。認知機能の衰えはワーキングメモリーの低下が大きな原因ですが、それは脳の前頭前野が縮んで働きが弱ってくることによるものです。もの忘れが増えたり、怒りやすくなったり、イライラしたり、やる気が出なくなったりします。この前頭前野は〝鍛える〟ことができます。つい先日『鎌田實の大人の健脳ドリル101』という本を出したのですが、脳トレを毎日の習慣にすることで脳を健康な状態に保つことができます。本では1日5分の脳トレをたっぷり101日間できる方法を伝授しています。大切なのはからだを動かしながら頭を使うことです。住まいの近くに縄文の里という縄文人が住んでいたとされる野原があります。人が訪れることも少なく、わたしのお気に入りの場所のひとつなのですが、今日もそこでコグニサイズというからだと頭を使うエクササイズをしてきました。

コグニサイズとはコグニッション (cognition)という認知とエクササイズのサイズを組み合わせた言葉。鎌田さんが実演しているのは「1で右足を前に出し、2で左足を前に出し、3で右足を前に出す時に両手を叩く」というもの。足を踏み出す動作の3の倍数で声を出さずに手を叩きます。間違えないことが大切ではなく、時々間違えることが脳の活性化には有効と考えられています。

新型コロナウイルスの感染防止ではワクチン接種による獲得免疫が有効です。ただし、実際のワクチン接種となるとしばらく時間がかかるかもしれません。いま、わたしたちにできることはフレイルと認知機能低下の予防です。自分の健康は自分で守らなければなりません。そのためには健康に対する意識改革と行動変容が必要です。この半年から1年のあいだに「なにをしたか」が、数年先のその人のあり方に大きな影響を与えます。多くの人たちに健康に配慮した自分流の生活習慣を身につけていただきたいと思います。

鎌田實さん
JIM-NETハウス(小児がん総合支援施設)のペラさんと

医療者も変わらなければならない…

ここまでお話をしてきて思うのは一般の人たちだけでなく、わたしたち医療者も変わらなければならないということです。病院や施設で働いていたり、そこで新型コロナウイルスに感染したりすると、世間の一部からバッシングを受けるような状況があります。新型コロナウイルスに感染しない、感染させないことは大切ですが、今のような状況ではいくら注意をしていても感染してしまうことは避けられません。病院や施設の医療者が安心して働くことができるようにするには、病院や施設側のサポートに加えて、医療者が新型コロナウイルスに感染した仲間をねぎらう気持ちを持つことが大切です。現場に戻ってきた時に「お疲れさま」「ありがとう」とみんなで声をかけて拍手で迎えます。感謝の気持ちを行動で表します。医療者が率先して変わることで地域の人たちも変わっていきます。

医療崩壊を防ぐことは大切ですが、もうひとつ、わたしが大切だと考えているのが介護・福祉の現場です。新型コロナウイルス感染症の第1波の時の欧米の状況をみると、死者の多くが介護・福祉施設で療養する人たちでした。日本では医療現場に注目が集まりがちですが、介護現場でも逼迫した状況があります。わたしはさだまさしさんと「風に立つライオン基金」という活動に取り組んでいますが、こうした状況から介護・福祉施設を対象にした新型コロナウイルス感染症対策のプロジェクトを行なっています。介護・福祉施設に感染管理対策の知識と技術を有する医療チームを派遣して、日頃の懸念や不安などを払拭する相談会を全国各地で開いています。

医療、介護、福祉にたずさわる人たちがお互いにつながることはウィズコロナ時代のこれからを考えるととても大切です。それは地域の人たちに目に見えない信頼感をもたらします。わたしが48年前に赤字だらけで、満足な医療施設もないこの病院に赴任したときに、まず取り組んだのは地域の人たちの健康づくりでした。〝お金〟で考えれば地域の人たちが健康になることで病院の赤字は解消されるどころか増えます。しかし、わたしは医療者の仕事は単なる医術を切り売りするものではないと思っていました。地域にとって本当に必要な医療を提供することで、信頼を築いていこうと考えていました。医療への信頼があるからこそ、そこで暮らす人たちの健康意識は高まり、行動変容は起こります。脳卒中死亡率が日本一高かった長野県は、やがて長寿日本一の県となり、病院の赤字も解消しました。

鎌田實さん
撮影:百瀬 恒彦

自分流にこだわりやり続ける

数年前に、自分の年齢を考え、北海道の無医村地区か沖縄の離島で最後のご奉公をしようと考えていました。若い人たちにその話をしたところ、もっと違うかたちで力を貸してほしいと頼まれ、地域包括ケア研究所を立ち上げました。自分がこれまで培ってきた知識や知見、ノウハウといったものをフレッシュな感性の若い人たちに伝えていきたいと思っています。と言っても、わたしのやり方は自分流というか、人がやらないスタイルを常に意識して、そこにこだわって生きてきました。チェルノブイリの支援も、イラクの難民キャンプの支援も「誰も行く人がいないなら自分が行こう」という発想でした。原点には自分自身が貧乏の中で育ったことがあります。生みの親にも捨てられました。でも、それでも生きることができました。ですから、自分もたいしたことはできなくても困っている人のために手を差し伸べたいのです。若い人たちへのバトンタッチも考えながら、自分のやれる範囲でやり続けたいと思っています。

取材のダイジェスト動画です。

鎌田實さんにはお忙しい中、無理をお願いしてお時間を調整して頂きました。左下は当団体代表の秋山和宏です。
JIM-NET ジムネット チョコ募金

コロナに負けず、チョコ募金を今年も行います。

JIM-NET ジムネット チョコ募金 鎌田實
JIM-NET ジムネット チョコ募金
JIM-NET ジムネット チョコ募金

コロナとの闘いが、日本でもイラクでも長期戦になってきました。世界がこんな状況で、支援の先細りが心配です。中東は「世界の火薬庫」と言われ、どこかで平和の近郊が崩れると、戦争が始まる可能性があります。少なくとも、平和を目指している国がひとつでもあることが、中東全体の安定のために大事です。今まで以上に支援が必要だと思います。 JIM-NETがこの16年、がん・白血病の子どもや難民キャンプの子どもの命を救ってきたことは、イラクのテレビや新聞でも何度も取り上げられ、大きな評価を得てきました。この募金で、イラクの4つの小児がん病院に薬を送ること、難民キャンプの妊産婦にエコー検診を行うことができます。また、2年目を迎えたJIM-NETハウス(小児がん総合支援施設)で、学校の先生が教育支援をしてくれたり、貧困の患者さんの支援をしたり、このチョコ募金がJIM-NETの取り組んでいる活動の温かな支えになっております。福島の子どもたちの検診や保養などを行っている団体への助成も行うことができました。今年もぜひ温かな応援をよろしくお願いします。

JIM-NET 代表 鎌田 實

鎌田實さん
撮影:百瀬 恒彦

鎌田 實 : KAMATA MINORU

東京医科歯科大学医学部卒業後、諏訪中央病院へ赴任。30代で院長となり、潰れかけた病院を再生させた。「地域包括ケア」の先駆けを作り、長野県を長寿で医療費の安い地域へと導いた。(現在、諏訪中央病院名誉院長、地域包括ケア研究所所長) 一方、チェルノブイリ原発事故後の1991年より、ベラルーシの放射能汚染地帯へ100回を超える医師団を派遣し、約14億円の医薬品を支援(JCF)。2004年からはイラクの4つの小児病院へ4億円を超える医療支援を実施、難民キャンプでの診察を続けている(JIM-NET)。東日本大震災以降、全国の被災地支援にも力を注いでいる。ベストセラー「がんばらない」、「鎌田式『スクワット』と『かかと落とし』」他、著書多数。

鎌田實さんの最新著作

鎌田式「にもかかわらず」という生き方

「にもかかわらず」という生き方を教えてくれたのは、わたしの父、岩次郎さんです。実父ではありません。岩次郎さんは貧しかったので尋常小学校を出てすぐ東京に働きに出ました。そして私の母になってくれた人と結婚しました。母は重い心臓の病気を抱えていました。夫婦二人が生きて行くだけでも苦しい中、私を育ててくれました。「にもかかわらず」は状況を逆転させる言葉だとわたしは考えています。本の中では私が医師として出会った「高齢になったにもかかわらず」「病気になったにもかかわらず」「体が衰えたにもかかわらず「お金に悩んでいるにもかかわらず「人は死ぬにもかかわらず」という「にもかかわらず」の生き方をした人たちの話をお伝えします。

「百夜百人「鎌田實さんウィズコロナ時代の健康ってどう考えたらいいのですか。」」への1件のフィードバック

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