臨床栄養の重要性を外科医の立場から説き続け、
わが国の栄養分野の基礎を形作った小越氏。
臨床の最前線である“現場の力”を信じ、
NSTを医療人自らの手で作り上げることに尽力した
活動の根本にあった哲学とは?
医療人としてのキャリアをかけて取り組んだ
栄養にかける思いとは?
…明日の医療を切り開く“ヒント”にしてみませんか?

百夜百人Story03

草の根の力

これまでの自分のキャリアを振り返ると、現在の臨床栄養の誕生から発展、普及まで、折々の経緯がすり合わせたように重なる…そんな感慨に駆られます。一人の医療人として、微力ながら精一杯、日本における臨床栄養の啓発に取り組んできましたが、そうした活動を常に支え、前に進む原動力となってくれたのは、臨床の最前線にいる医療人の“草の根の力”だったと実感しています。

98年に発足し初代の理事長に推されることになった日本静脈経腸栄養学会(JSPEN)ですが、就任間もないころに受けた宮澤靖君を始めとする数名の若い管理栄養士の訪問は、そんな草の根の力を痛切に感じた出来事の一つです。「キッチン・ダイエッティシャンのままで終わりたくない」という彼、彼女らの願いは、「医師や看護師と共に患者のベッドサイドに行き、自分たちの作った食事の摂取状況や栄養状態を把握し、医療としての栄養管理を行いたい」というもの。“医療現場への参加”の意思表明であり、NSTを学会のプロジェクトとして取り上げてほしいという直訴でもあったのです。その熱意に動かされた私は、その後、学会のメインプロジェクトの一つとしてNSTに取り組むわけですが、これはまた、「コメディカルに学会の門戸を開放し広く参加を促すべし」という私の考えが間違っていなかったのを証明することにもなりました

小越 章平

“栄養の力”への驚きと共感

当時はまだチーム医療という考え方がそれほど浸透していませんでしたが、海外と足並みを揃え、臨床栄養を広めるには、医師とコメディカルを巻き込んだチーム作りが不可欠だと考えていました。TNTプロジェクト(Total Nutritional Therapy、医師のための臨床栄養教育プログラム)は、まさにその柱となる取り組みの一つで、これは99年に米国シカゴで開催されたTNT研修にJSPENとして参加したことに端を発するもの。外科、内科、そして救急と若手医師10人程で参加したのですが、栄養管理の新しい手法や知識を吸収し、それを日本に持ち帰ることができました。実際、帰国後、そのメンバーが中心となり、半年で医師50人へのTNT研修を実施し、翌春にはさらに50人を追加、100人のキードクターを誕生させたのです。「とにかくスタートさせよう」という気持ちが後押しさせたものですが、その後の展開ははるかに予想を超えるものばかり。キードクターが各地域で活動することで、あっという間にTNTプロジェクトは日本全国の組織化を実現したのです。

NSTを推し進めようとするコメディカルと臨床栄養を広めようとする医師、いつしか二つの両輪がつながり、大きなうねりとなって医療のみならず社会を動かす国民運動へと発展していく。まさに、それは頂点の大学から下部の病院組織へといった一方的なトップダウンではなく、現場の医療人の声が押し上げたボトムアップの改革でした。そして、何よりもそこには、実際に目の前の患者が元気になる、状態が改善されるという“栄養の力”への純粋な驚きと心からの共感があったのではないでしょうか。

患者を“あるべき姿”に戻す

私もよく「外科医なのになぜ栄養に取り組むのか」と問われることが多いのですが、その答えもやはりこれと同じもの。67年の米ペンシルバニア大学留学時に“幸運にも”中心静脈栄養法の開発に出会い、腸アトレジアの子供や癌による悪疫質の患者の状態が改善するのを目の当たりにしたのです。「高カロリー輸液とはこんなに効果があるものなのか」と、栄養の力に直に触れ大きなカルチャーショックを受けました。今から考えるとこれが私のターニングポイント、栄養に取り組む出発点となったと思います。

「静脈栄養は栄養状態改善の手段ではなく“積極的治療法”だ」との思いを胸に帰国してからは、高カロリー輸液の紹介や当時としては画期的だった日本製の成分栄養剤「EDーAC」の開発に着手。わが国初の完全アミノ酸製剤である「エレンタール」として、現在のアミノ酸栄養ブームのさきがけとなるばかりか、クローン病への有効性でも注目を集め続けています。こうした臨床栄養を巡る環境の変化の中で実感したのは、術後の合併症克服への効果。やはり外科医として、手術中、直後の死や術後の状態悪化は何としてでも避けたいもの。手術前と手術後では必ず手術後が良くなければならない。こんな当たり前のことが、当時はないがしろにされていた。『木を見て森を見ず』、つまり、術部だけを見て全体を見ない。しかし、そこに栄養という視点を設けることで、患者にとって本来の“あるべき姿”に戻せたのではないかと思っています。

万病に効く薬はないが、栄養は万病に効く

栄養療法はあらゆる医療の基本』とはヒポクラテスの言葉ですが、私はこれを「万病に効く薬はない、しかし栄養は間違いなく万病に効く」と修飾して言っています。これはもちろん患者にとって当然のことですが、翻って医療人にとっても通ずること。栄養に取り組むことで、患者と向き合い、他の職種と語り合い、患者のために何ができるかが見えてくる。きっとそれは、医療人としてのやりがいや喜びにつながるものではないでしょうか。

掲載記事の内容は2011年2月の取材時のものです。

小越 章平

小越 章平

日本静脈経腸栄養学会名誉会長
高知医科大学(現高知大学医学部)名誉教授
61年千葉大学医学部卒業、67年米国ペンシルバニア大学ハリソン外科研究科に留学、68年千葉大学第二外科に帰局後、同科の助手、講師として勤務。82年高知医科大学第二外科助教授、93年教授を経て、98年高知医科大学副学長、03年国立大学統合法人化により退官・現職。
日本機能性食品医用学会名誉会長(前理事長)、日本静脈経腸栄養学会名誉会長(前理事長)、日本外科代謝栄養学会名誉会員(前会長)、日本臨床栄養学会理事、日本消化吸収学会理事など、多方面の学会活動に精力的に取り組む。『図解高カロリー輸液』(医学書院)、『イラスト外科セミナー』(医学書院)など、著書及び編集も多数。

小越正平先生の〝ことば〟を紹介した記事がご覧いただけます。

ことばの栄養剤:小越正平

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