ワインとグラスのいい関係
Story 01
このたび、秋山先生から、連載を仰せつかりました。諸先生方が、本当にためになる連載をお書きになっているなか、今回ご依頼いただいたテーマは、お酒と音楽。きっと、読者のみなさんのリフレッシュのため、ということだと思いますが、自分だけこんな楽なテーマでいいんでしょうか?? 喜んでお引き受けしたものの、本当に申し訳ない限りです。楽しんでいただけるように、精一杯頑張りますので、どうぞお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
私の趣味、ワイン&泡盛と音楽については、前号の『私のオフ』にご紹介いただいた通りです。実は、ワインや泡盛といったお酒との出会い、すばらしい音楽との出会いは、それに関わる人との出会い。そういう意味で、『ツ・ナ・ガ・ル』のコンセプトと共通したものがあると感じています。出会いから、調和、新たな創造へ、そんな願いをこめて、タイトルは、『ツ・ナ・ガ・ル ハーモニー♪』。 いかがでしょうか?
例えば、ワイン。そこには、すでに、多くのつながりが存在しているのです。私たちが飲むワインを選んで、グラスに注いでくれるソムリエさん、ワインを輸入するインポーターさん、ワインを製造するワイナリーのみなさん、ワインの原料になるブドウを生産する農家のみなさん…。さらに、おいしいワインを最近のように手軽な価格で飲めるのは、ワインの製造について、科学的な研究を行っているみなさんのノウハウが必要不可欠です。
私の師匠、元筑波大学教授の紅露恒男先生は、さらに深いつながりを教えてくれました。その土地の気候、風土、地質、そして、どんな人たちがそのワインを飲むのか、お祭りの際にみんなで飲むのか、修道院で特別な機会に飲まれるのか、王侯貴族がもてなしの際にふるまうのか、そうした生活や文化を背景に、どのブドウ品種が適しているのか、最適な栽培法、醸造法は…、そんなさまざまなことを考えながら、何世紀もワインを作り続けてきた人々との、時間を超えたつながりです。ワインは単なる飲み物ではないんだなぁ、ということを痛切に思い知らされました。科学的な知識と、何世紀にもわたって築き上げられた経験に支えられた文化、ワインだけでなく、医療にも共通する大事なチカラだと思います。
さて、この連載を始めるにあたって、私はここで、もう一つのある意外なつながりについてご紹介したいと思います。それは、ワインとグラスのつながりです。先日、オーストリアのワイングラス・メーカー、リーデルのセミナーに行ってきました。ワインのテイスティング(試飲)ではなく、ワイングラスのテイスティングをするセミナーなんです。自分はシニア・ワインエキスパートですから、ワイングラスの形や、ガラスの厚みでワインの印象が変わることは知ってはいましたが、実際にやってみると、びっくりするほどワインの香りや味わいが変化するんです。
例えば、カベルネ・ソーヴィニオンというブドウで作ったフルボディの赤ワインは、タンニンが多く含まれているので、舌の辺縁や歯茎などに、キシキシするような感触を与えます。渋柿を食べたときのあの感覚です。リーデルの『カベルネ/メルロー』というグラスの場合、独自の形状が、口の中でのワインの流れ具合をコントロールし、ワインが渋みを感じやすい部位を通らずに流れていくよう設計されているそうです。なので、あのキシキシ感を感じにくいんです。しかも、グラスの容量が大きく設定されているので、グラスの中に、自ずとワインの香りが立ちこめ、豊かな香りを楽しみながらワインを飲むことができます。
つまり、こういうことです。私のような、ややワイン通のオジサンが、まだ20歳代の若い女性に、頑張ってくれたお礼などで、フランス料理と高級ワインをごちそうすることにしたとします。うっかりしたお店だと、どこにでもあるようなワイングラスを出してきて、ワインを注ぎます。それを飲んだ女性は、「わっ、渋い! 私、もっとフルーティーな、すてきなワインが飲みたかった…。」 さて、ここで、リーデルのようなグラスを使っているお店の場合はどうでしょう。注がれたワインを飲もうとすると、グラスの中から、ブラックベリーやカシスといったフルーツの香りに加え、シナモンやチョコレート、バラの香り…、さまざまなブーケが立ち上がります。何気なく一口飲んでみると…、なめらかなベルベットのような感触。熟した果実のような味わいの中に、ほろ苦く、ブラックチョコやカラメルのような風味が口の中に広がります。「こんなおいしいワインをごちそうしてもらえるなら、ぜひ次回も頑張ろう!」と思ってくれるかもしれませんよね。
脇役と思われるようなグラス1つでも、これだけアウトカムが違ってくる…、私たちは、思わぬところで、さまざまな知識、技術に支えられて生きているんですね。
次回は、音楽の話題です。お楽しみに。
掲載の内容は2010年8月31日のものです。