先日、法事で故郷の会津若松市に帰りました。
過密スケジュールであったため、
故郷を回ることはできませんでしたが、
冬の訪問であったせいか、
40年以上前のある出来事を思い出しました。

小学4年の頃、私は会津のお城、
鶴ヶ城の本丸の中を毎朝走っていました。
夏場は走っている人が多いのですが、
秋が過ぎ、雪が積もる冬になると
その数が激減してきます。
徐々に人数が減っていく中で、
70歳を超えた軍隊帰りのご老人と私だけの日もありました。
何となくお互いを意識するようになり、親近感を覚えるようになりました。
親近感といっても目が合うと軽く会釈をする程度でした。
しかし、そこには言葉のない会話が成り立っていたように思います。

白いタオルを首にぐるぐると巻いて、
「エッホ、エッホ」と一歩ずつ掛け声をかけながら、
黙々と走っておられました。
ドスの利いた低音が今でも忘れられません。
厳しい人生を送ってこられたに違いありません。
静けさを湛えた雰囲気からそう感じていました。

ある新雪が降った後の清々しい朝、
足跡一つない雪景色を前にしていたのは私たち二人だけでした。
その時、彼が私に話しかけてきました。
「世界で一番美しい景色を知っているかい?」
初めての会話であったため、
私は直立不動の姿勢で、
「分かりません」と緊張しながら答えました。
すると、
「私にとって、世界で一番美しい場所がここなんだよ」と話されました。
続けて、
「新雪によってあらゆる罪や穢れが清められた今、
義に生きて、生き抜いた私たちのご先祖たちが見つめているこの場こそ、
私にとって最も美しい場所なのだよ」と。

そこまでであれば、そのエピソードを忘れてしまったに違いありません。
しかし、彼はもう一言、付け加えたのでした。

「君もこの神聖な景色を憶えておくといい。
これからの人生には、あっちにしようか、こっちにしようかと迷う時が必ず来る。
その時、この景色を思い出すといい。
この景色に恥じない方を選ぶと良いぞ」と。

私は会津に生まれたことで、
そこで某かの伝統を受け継いでいるのだと思います。
会津には地域の年長者が
地域の子供たちに正しい生き方を説くことが度々あります。
家族、親戚を越えてです。
「ならぬことはならぬものです」の什の掟(じゅうのおきて)は
その代表でしょう。
江戸時代の話になりますが、
什とは同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たち十人前後の集まりで、
毎日順番に、什の仲間のいずれかの家に集まり、
年長者である什長が
下記の「お話」を一つひとつみんなに申し聞かせます。
その後、昨日から今日にかけて
「お話」に背いた者がいなかったかどうかの反省会を行っていたそうです。

一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ

一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ

一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ

一、弱い者をいぢめてはなりませぬ

一、戸外で物を食べてはなりませぬ

一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです

大切にすべき伝統だと思います。

会津に限らず、
私たちは生まれ育った地で多くの人に見守られ
育まれてきたのだと感じます。
皆さんもそうでしょう。
そうした御恩を忘れてはいけないと思います。

年の瀬の久しぶりの帰郷によって
そんな想いを強くしました。

帰省する人も、しない人も
どうぞ、良い年越しを…。

(2021年12月29日)

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