295.「PLAN75」映画論考

先日、映画「PLAN75」を観てきました。
今年のカンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)の特別表彰を受賞しています。
早川千絵 監督は脚本も手がけています。
設定がかなり衝撃的なので各方面で話題になっています。
ネタバレにならないように
公式ホームページからの引用で解説しておきます。

<背景>
75歳以上が自ら生死を選択できる制度が施行された近未来の日本を舞台に、その制度に翻弄される人々の行く末を描く。少子高齢化が一層進んだ近い将来の日本。満75歳から生死の選択権を与える制度「プラン75」が国会で可決・施行され、当初は様々な議論を呼んだものの、超高齢化社会の問題解決策として世間に受け入れられた。

<物語>
夫と死別してひとりで慎ましく暮らす、角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は<プラン75>の申請を検討し始める。一方、市役所の<プラン75>の申請窓口で働くヒロム、死を選んだお年寄りに“その日”が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの瑶子(河合優実)は、このシステムの存在に強い疑問を抱いていく。

超高齢社会の末路を冷徹な制度の出現というカタチで表現しています。
まさか!と思うような設定ではありますが、
実力派俳優の名演で物語が展開していきますので、
映画を観ている私たちもその制度のある社会を生きているような気にさせられます。
金融経済優先、効率至上主義の現代の風潮からすれば、
設定のような社会が来ないとも限らないという気がしてきます。

PLAN75の映画広告を初見した際、
1972年に公開された米国映画「ソイレント・グリーン」が
モチーフになっているに違いないと思いました。

「ソイレント・グリーン」を知っている人は日本では稀かも知れません。
環境問題が悪化して食糧難と人口爆発が起こった
2022年のニューヨーク市が舞台になっています。
何と、50年前に2022年を想定した物語なのです。
幸い、2022年の世界はそのようにはなっていないのですが、
代わりに「PLAN 75」によって
再び同様の問題提起がなされたことになります。

主演はチャールトン・ヘストンですが、
助演のエドワード・G・ロビンソン(1893-1953)の演技が心に遺りました。
実は、この時の彼は死の病を抱えていて、
撮影終了後、程なくして亡くなりました。
撮影時には耳も聞こえなくなっていたそうです。

映画の中で、彼は公的に安楽死ができる施設「ホーム」に入ります。
入所した人たちは安楽死を迎えるベッド上で、
かつての美しかった地球の姿を見せてもらいながら
静かに最期を迎えることになります。
映画では美しい地球の風景や鳥たちの声や川のせせらぎ音が流れているのですが、
実際の撮影では、無映像、無音の中で演技をしていたそうです。
映画の映像も音も素晴らしいのですが、
それ以上に、感動している表情や姿が輝いているのです。
むしろ、彼の表情、仕草から
かけがえの無い地球、自然の美しさを感じ取ることができるのです。
このシーンを観て以来、私はこの星の美しさを
心に刻んでおこうと思うようになりました。
今際の際に、そうしたシーンを思い浮かべながら
この星に感謝して旅立ちたいと思うからです。

さて、「PLAN75」に戻りましょう。
公的に安楽死を選択できるその社会は
経済優先、効率主義、優勢主義の機械論パラダイムの究極型だと思います。
私は常々、世界は今後、
機械論パラダイムから生命論パラダイムに移行すると信じています。

123. 賢人 田坂広志 その参 -書評『生命論パラダイムの時代』

映画の中で希望となるのは、
PLAN 75の組織で働く若者が
安楽死を選択したシニアに寄り添う中で、
制度への疑問を抱いていった点です。
そこにあるのは、人間を機械ではなく人間として見る温かい眼差しです。
PLAN 75という極端な制度を前に
肌感覚でそれを拒絶する人間の反応であり、
無意識下の反発なのだと思います。
そして、倍賞千恵子さん演じるミチさんも先の若者たちと同様に
ギリギリのところで転換を果たします。
その直後に美しい自然の景色をミチさんが見つめるシーンがあります。
思わず私は、先の「ソイレント・グリーン」の美しい自然の景色を思い出しました。
美しい自然には私たちの心を
本来の位置に戻してくれる力があるようです。
その肝心のシーンがカットされそうになったのを
倍賞さんの一声で免れたそうです。
(さすが倍賞さん、わかってらっしゃる!)

私見ですが、この映画の主題は、
機械論パラダイムの状態から生命論パラダイムへの移行を
観る者に擬似体験させることにあるのではないかと感じました。
PLAN75の問題提起は、
ある意味、自身が機械論パラダイムの住人なのか、
生命論パラダイムの住人なのかを判断する
リトマス試験紙になるような気がします。

さて、皆さんはどちら側の人間でしょうか?

(2022年7月13日) 

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