255. 映画論考『ズカルスキーの苦悩』』

彫刻家 ズカルスキーを知る人は少ないでしょう。
彼こそ、隠れたる天才だと私は思っています。
かく言う私も、偶然目に留まったNetflix映画
『ズカルスキーの苦悩』を観るまでは全く知りませんでした。
(2018年12月21日公開 105分)

https://www.netflix.com/jp/title/80109551

ディカプリオ親子(レオナルド&ジョージ)がプロデューサーのようです。
ズカルスキー作品を前にした2人の写真があります。
本人と直接交流があったようです。

私は一方のポケットにロダン、もう片方にミケランジェロを入れ、太陽に向かって歩く

若き日の彼のコトバです。
明らかに自身の天才性を自覚していたのでしょう。
そのコトバに気負いはありません。
本気で2人の天才と対峙していたのでしょう。
その上で、新境地を切り開くと宣言して
実行していったのです。

彼の創作スタイルは独特です。
事前の草案などがなく、
既に彼の頭の中に完成形があって、
それに従ってものすごいスピードで
一気に作品をつくり上げていきます。
下記の作品をみていただければ感じると思いますが、
独創性そのものです。
   

交通事故死した父親を解剖して
人体を学んだことなどはズカルスキーならではの奇行です。
圧倒的な芸術力を持つ彼ですから
様々なエピソードが残されています。
それ故に誤解や敵も多かったようです。
映画では多くの関係者へのインタビューによって
それらが明らかにされていきます。

何より残念なのは、
彼の人生の殆どが世界規模の戦争期に飲まれてしまっていたことです。
人間業では考えられないほどの作品を量産していたのですが、
その殆どが戦火によって失われてしまいました。
一部が写真として遺っているだけです。
その圧倒的な作品群は
映画の中で一部紹介されていますので
ぜひ観てください。
今まで味わったことのない何かを感じるはずです。

もし殆どの素晴らしい作品群が遺っていたならば
彼の天才性は多くの人に認められ、
その後の彼の人生も大きく変わっていたはずです。

その苦悩が同名の下記作品に現れています。

彫刻のみならず、ドローイング、版画、独自のフォント、巨大な建造物まで
彼の作品は多岐にわたります。
祖国ポーランドを離れ、アメリカ西海岸で長らく生活していた彼は、
1980年代、アメリカのタトゥー、コミック界など
アンダーグラウンドカルチャーで再発見され、
カルトヒーローとして讃えられました。

第176話で紹介した『ホドロフスキーのDUNE』も
ズガルスキーから多大な影響を受けていると思われます。

http://tunagaru.org/akiyama-essay/176

建造物デザイン担当予定だったH・R・ギーガーは、
その後『エイリアン』のデザイナーとなって名を馳せることになります。
ギーガーはその作風からも分かる通り、
明らかにズガルスキーの影響を受けています。

晩年、ズカルスキーは世界中の古代文明を研究し
“Zermatism”(ザーマティズム)と呼ばれる特異な理論体系を創出しています。
私の期待とは別の方向に進んでしまったようです。
但し、前半の作品群は
ロダンやミケランジェロと堂々と対峙できるものだったように感じます。

彼の存在を通して、天才とは何たるかを教えられたような気がします。
また、彼の人生を通して
天才がその時代によって正しく評価されるとは限らないことも知りました。
同じような天才にヴァンサン・ゴッホがいますが、
彼の場合、生前1枚も絵が売れなかったことで
全ての作品が画商の弟、テオも元にあり、散逸していませんでした。
そのため、後の世がゴッホの価値に気づけたのです。
これは皮肉な運命といえるでしょう。

繰り返しますが、
大変残念なのは彼の前期の作品群が遺っていないことです。
しかしながら、
彼の独創性は、後のアーティストにしっかりと受け継がれており
目に見えない形で今日に繋がっていることに気づかされます。
その名が必ずしも遺らなかったとしても
天才はその足跡を
世界を変えることで遺していくのでしょう。

(2021年9月8日)

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