8月上旬に東京・中野坂上にある武田修能館で行われた
「虫干し」イベントに参加してきました。
「虫干し」は聞き慣れない言葉かもしれませんが、
衣服、書物、掛軸、諸道具などの湿気を除き、
カビや虫害を防ぐために保管場所から取り出して風を通すことをいいます。
年に3回の8月、11月、2月、のペースで行うのが良いとされますが、
8月の虫干しは土用干しとも呼ばれ、
梅雨明けのシーズンにタンス内に溜まった湿気をしっかりと取り除くことができるため
最も重要なのだそうです。

武田修能館には、

  • 能面 114点
  • 能装束(衣装) 338点
  • 能楽小物道具等 315点

が所蔵されており、
それらは能楽の公演で実際に使用されています。
能装束は、洗ったりはしないそうです。
使ったものを陰干かげぼしし、
ほつれた箇所などは能楽師自らが手作業で修繕しながら、
代々、大切に引き継がれてきたのです。
300年以上前(江戸・元禄時代)の衣装も現役で使われていると言いますから驚きです(もちろん頻度は極めて低いのですが…)。

ちなみに、現存する能楽の約200曲の演目すべてを
武田修能館の所蔵品だけでこなすことができるそうです。
能舞台で鑑賞する衣装類は美しいものばかりですが、
1回の演目で見ることができるのは数点のみです。
一度に全ての所蔵品を目近に鑑賞できるのは贅沢の極みと言えるでしょう。
さらに、イベント案内を現役の能楽師がするという特典付きです。
あの演目の時にはこの衣装を使用したとか、
着心地がどうだったかの体験談まで聞けるので、
やや敷居の高い能楽にも親近感が持てるはずです。

実際、300点以上の着物を虫干しするには大変なスペースが必要なはずです。
安くても数十万円、高いものでは数百万円のものがたくさんあります。
しかも、現代においては同質のものを再現することはできないそうです。
作れる職人がいないということだけではなく、
同質の素材が手に入らないのだそうです。
そんな貴重な品々をどうやって干すのかが疑問でした。
実際はこんな感じでした。

張り巡らされた太紐に、所狭しと掛けられていました(なるほど…)。
写真では伝わりにくいと思いますが、
「現役の本物」が醸し出すオーラは、圧巻そのものでした。

ここで、武田修能館に触れておきましょう。
武田修能館には、先の所蔵品の他に
能楽に使用する本物のサイズの能舞台と、
100名弱が座れる見所(観客席/桟敷)と、
大(約10畳)と小(約6畳)の楽屋があります。

田修能館 能舞台 ©長谷良樹

私が能を習っていることは以前にも書きましたが、
御稽古をここで受けることも多々あります。
この武田修能館は、昭和51(1976)年に
故 武田太加志 氏によって建立されました。
能楽の興隆のために誠心誠意尽くした昭和時代の能楽師の一人で、
能楽師の手元から離れていた貴重な能面、能装束を生涯かけて収集されたそうです。
また、「いつでも自由に芸の研鑽を積める環境」を理想として掲げ、
多くの門下生の修練の場としてここを建てられたのです。
氏の没後、御子息たちは
そのような「偉大な志と財産は、能楽の世界でこそ生きる」と確信し、
平成28年11月1日に武田太加志記念能楽振興財団を設立し、
そして、能面、能装束等と武田修能館の全てを財団へ寄付されました。
値段の付けようもない貴重な私財を公財にされたのです。
能を愛好する者にとっては大変ありがたいことです。
そうした経緯もあり、内閣総理大臣より公益財団法人としても認定されています。

さて、今年の虫干しは3日間で100人以上の参加者を得て
無事終了しています。
でも、ご安心ください。
毎年8月に開催されていますから…。

少しでも興味を持たれた方は
ぜひ来年、参加してみてください。
その際には、白足袋をお忘れなく!

(2022年8月24日 )

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